月別アーカイブ: 2014年5月

平成25年度 特別支援教育啓発研修会

演題「みんな、やさしさの根っこで つながっている」

平成25年11月14日 福岡市民会館
講師 詩画作家 大野 勝彦氏

平成25年度 特別支援教育啓発研修会

特別支援教育と障がい児への理解と認識を深めるため、特別支援教育啓発研修会が行われました。今年度は左右の腕を失くされる大事故にあわれたにもかかわらず、前向きに全力で生きておられる大野勝彦さんをお招きし、ご講演いただきました。

高校卒業後、実家のハウス園芸を営まれていた大野さんは、45歳の時、農作業中に不慮の事故により両手を切断。事故直後は「仕事ができなければ男じゃない」「一番価値の無い人間に成り下がった」とさえ思われたそうです。
そんな失意のベッドの上で、両手を失ってはじめて知る子ども達、母、妻の思い、また人の心の温かさに気づかされ、入院3日目から“湧き出る生への思い”を詩に託していかれた様子や生きていることの喜びについて語られました。

妻・子どもへの思い

 事故にあうまでは仕事人間で、仕事さえしていれば子ども達に関わる必要がないと思っていた大野さんは、両手を失くして初めて「本気で子どもの手を握ったことがあっただろうか」「子どもとの時間を作っておけばよかった」と後悔し、そして「家族は見舞いにも来てくれないだろう」と思っていたそうです。しかし、入院中子ども達から『父は強い人、なくてはならない人、尊敬できると、人前でいえる人』と書いた手紙をもらい、生まれてはじめて涙を流したそうです。
また自分の前では明るく振る舞っていたが廊下では泣いていると知った子ども達の健気さや、夜も寝ずに看病し頼まなくても何でもやってくれた妻の優しさに、ただ感謝の気持ちしかないと語られました。

母への思い

事故のとき、かけつけて来たのはお母さんでした。しかし、気が動転して機械を止めることができなかったお母さんを事故は自分のせいだとわかっていながら「あの時助けてくれなかった」と責めてしまったそうです。
入院中、毎日病院に来ては泣いていたお母さんに謝りたいけどなかなか言えない。また母を責めたことを後悔しても一度言った言葉はどうにもならない。その時の思いを詩に託し「これからは母を泣かせない、親を一番大切にする」と誓ったそうです。

人への思い

これまで人に頭を下げることも、笑うこともなかった大野さんでしたが、人のぬくもり、優しさに触れるうちに何かお返しをしたいと思うようになったそうです。しかし何もできない、「ならば最初は笑うことから!」と、トイレで笑う練習から始めたそうです。
そして「頼まれたことは全部引き受けよう、全力で!」「どんな小さなこともチャンスだ」と声がかかると「はい、分かりました」と全国どこへでも、英会話を勉強してアメリカまでも講演に行かれるそうです。

新たなる思い

25年間泣き続けるお母さんを元気づけるため美術館を建てようと思い10年間絵を描き続け『風の丘 阿蘇大野勝彦美術館』を開館されました。今の夢は日本一の美術館にすることと熱く語られました。

「手をなくしたのは、家族や人のぬくもり、優しさなど多くのことに気づかせてくれるため。そして事故が生き方を変えてくれた」と逆境に感謝して生きる大野さんの姿が、多くの人の心にエネルギーを与えてくれたと思います。

最後に『笑顔いちばん やさしさいちばん みんなねっこで つながっているよ』と力強い筆運びで『書』をご披露され、講演会は大きな拍手で締めくくられました。

平成25年度 PTA個人表彰・団体表彰受賞一覧

※役職名は現役時です。(敬称略)

個人の部

文部科学大臣表彰(PTA活動功労者)

谷口 禎二 (福岡市PTA協議会 会 長   平成17~18年度)
疋田 敏明 (福岡市PTA協議会 会 長   平成19~23年度)

日本PTA全国協議会会長表彰

幸丸 光雄 (福岡市PTA協議会副会長   平成24年度)
竹田 美帆 (福岡市PTA協議会副会長   平成24年度)

日本PTA全国協議会会長表彰(PTA活動功労者)

茂島 信一様 置鮎 正則様 國武 美智代様 西村 早苗様 矢野 博嗣様

九州ブロックPTA協議会会長表彰

幸丸 光雄 (福岡市PTA協議会副会長   平成24年度)
竹田 美帆 (福岡市PTA協議会副会長   平成24年度)

九州ブロックPTA協議会会長感謝状

松田 瑞恵 (九州ブロックPTA協議会代議員  平成23~24年度)

団体の部

文部科学大臣表彰

  • 福岡市立有住小学校父母教師会
  • 福岡市立平尾中学校P.T.A

福岡県教育委員会表彰(平成24年度)

  • 福岡市立平尾中学校P.T.A

福岡市教育委員会表彰

  • 福岡市立香陵小学校PTA

日本PTA全国協議会会長表彰

  • 福岡市立松島小学校父母教師会

九州ブロックPTA協議会会長表彰

  • 福岡市立姪北小学校PTA
  • 福岡市立箱崎中学校父母教師会
  • 福岡市立当仁中学校PTA
  • 福岡市立百道中学校PTA

表彰規定について(各規則・規定より抜粋)

個人表彰

文部科学大臣表彰(PTA活動功労者・PTA創立65周年)

福岡市PTA協議会において、会長職を努め、PTA活動に顕著な功績のある者

福岡市教育委員会表彰

学校教育、社会教育の振興発展に功績が顕著なものを表彰する。

日本PTA全国協議会会長表彰

PTAにおける活動が社会教育の発展に貢献したことに対して表彰状を授与する。

日本PTA全国協議会(PTA活動功労者・PTA創立65周年)

福岡市PTA協議会において、3年以上理事の経験があり、PTA活動に功績のある者  

九州ブロックPTA協議会会長表彰・感謝状

九州ブロックPTAの振興・発展に貢献し、本会の目的達成に功績顕著な個人を表彰する。
感謝状・・本会の役員および代議員を退任した者に、感謝状を贈る。
各県連合会(協議会)事務局員で功績が特に顕著な者に対して、退任したとき感謝状を贈る。
 

団体表彰

文部科学大臣表彰

趣旨・・PTA本来の目的・性格に照らし、優秀な実績をあげているPTAを表彰し、PTAの健全な育成、発展に資することを目的とする。
組織・運営・活動について、次に掲げる要件を満たす団体である。

①組織・運営
  • 組織がよく整備されていること。
  • 会員の総意を十分に反映して運営が行われていること。
  • 保護者と教師との協力が円滑に行われていること。
  • 予算、経理が適切であること。
  • 広報活動が活発に行われていること。
②活 動
  • 学校教育および家庭教育に関する学習活動その他成人教育に関する諸活動が活発に行われていること。
  • 地域の教育環境の改善に効果を上げていること。
  • 児童・生徒等の学校外における諸活動の促進や生活指導に関する活動が活発に行われていること。
  • PTAの諸活動において、学校以外の各種機関・団体と連携・協力を図っていること。

福岡県・福岡市教育委員会表彰

福岡県・福岡市の教育の振興発展に貢献し、その功績に顕著と認められる学校を表彰する。
学校教育または、社会教育の振興発展についてその功績が顕著なもの
表彰に値すると認められる業績または行為があったものに表彰状を授与する。
  

九州ブロックPTA協議会表彰

九州ブロックPTA協議会の振興発展に貢献し、本会の目的達成に功績顕著な団体を表彰する。
各県連合会(協議会)おいて本会に推薦書を提出し、それに基づいて選考する。

もうひとつの「東日本大震災復興支援」~被災地の子どもたちに寄り添う~

福岡市PTA協議会 主催 PTA啓発研修大会

平成25年12月25日 アクロス福岡シンフォニーホール

東日本大震災の「復興支援」をとおして、子どもたちに必要な仲間意識や人権意識について考えようと、リレートーク形式で発表がありました。

研修会内容

コーディネーター
文部科学省生涯学習政策局社会教育課
地域・学校連携推進室 連携支援係長
熊切 隆 氏
仙台市立富沢中学校
校長 庄子 修 先生

福岡市PTA協議会被災地(仙台市)視察報告

福岡市生徒発表「被災地について思うこと」

福岡市立梅林中学校  2年 中島尚仁さん
福岡市立箱崎中学校  3年 木下綾華さん

福岡市の生徒を代表して梅林中学校の中島さんが、「長田先生の講演会を聞いて衝撃をうけた。震災後の不自由な生活、現状を知らなかった。今の生活は当たり前でない、生きることが大事と考えさせられた」と発表。箱崎中学校の木下さんは、「ニュースを見て驚いた。呆然とするだけだった。今後は陰ながら支えてくれている仲間に感謝する心、人を思う心をしっかりと後世に受け継ぎたい」。

もうひとつの「東日本大震災復興支援」~被災地の子どもたちに寄り添う~

講話「3.11学校と生徒」

仙台市立富沢中学校 校長 庄子 修 先生

「今日の福岡市の生徒の発表をきいてたのもしく思った。中学生は担い手であり宝物。遠くの方々からの支援は励みになる」と述べ、続いて、震災当時の学校と生徒の様子について語られた。
「病院でもないのに学校に次々と人が運ばれて来て、その状況をただ受け入れるしかなかった。行政をたよることもできず、様々なことを教員がやり、中学生もよく働いてくれた。今、被災地は、瓦礫が撤収されただけで、まだ10万を超える人々が仮設住宅暮らしを余儀なくされている。今やらなければならないことは、防災教育、自分に何ができるか考え生き抜く力、社会貢献への意識づけ、語り部、復興へ向けて自分たちで立つこと」。

仙台市生徒発表「復興へ、今私たちにできること」

仙台市立富沢中学校
3年 小野寺菜月さん 庄司梨乃さん
2年 髙相義忠さん  佐藤晴彦さん
講評
国立教育政策研究所 生徒指導・進路指導研究センター
総括研究官  長田 徹氏 (文部科学省初等中等教育局教科書調査官)

講話「3.11学校と生徒」

これをうけて仙台市立富沢中学校 校長 庄子修先生が、「生徒の発表をきいてたのもしく思った。中学生は担い手であり宝物。遠くの方々からの支援は励みになる」と述べ、続いて、震災当時の学校と生徒の様子について語られた。
「病院でもないのに学校に次々と人が運ばれて来て、その状況をただ受け入れるしかなかった。行政をたよることもできず、様々なことを教員がやった。中学生もよく働いてくれた。今、被災地は、瓦礫が撤収されただけで、まだ10万を超える人々が仮設住宅暮らしを余儀なくされている。今やらなければならないことは、防災教育、自分に何ができるか考え生き抜く力、社会貢献への意識づけ、語り部、復興へ向けて自分たちで立つこと」。

生徒発表「復興へ、今私たちにできること」

東日本大地震によって,大好きな街が傷ついたと実感した。自分に何ができるのか?暗闇の中、思いだけが募っていった。故郷の復興に向けて自らの手で何か活動していきたいという想いから故郷復興プロジェクトが始まった。

もうひとつの「東日本大震災復興支援」~被災地の子どもたちに寄り添う~ もうひとつの「東日本大震災復興支援」~被災地の子どもたちに寄り添う~
 
仙台市立の全小中学校の児童生徒が、大震災からの復興を願い描いた応援旗189枚が仙台商店街に飾られた。コインアートを作成し、お金は義援金として募金。しだれ桜の植樹を行った。平成24年度は支援活動の写真でモザイクアートを作成。平成25年度は小中学生が復興の思いや願いをこめた折鶴8万羽を仙台七夕まつりで披露。市内の児童生徒から歌詞を募集して復興ソングを作った。助け合った地域の輪を大切にしたいという思いから、ボランティア活動等の活性化を図り、花の植えつけをして地域の様々な施設にプランターを送った。
将来を担う世代として、故郷の再生、そして支えていく自覚をもちたい。笑顔で前に歩んでいけるように、感じているものを大切にしていきたい。
最後に復興ソング「仲間とともに」を庄司梨乃さんが披露。

もうひとつの「東日本大震災復興支援」~被災地の子どもたちに寄り添う~

講評

子どもたちの受けた傷や不安な気持ちは思ったより深く今後のケアが重要。
震災時、学校を核にして、PTAと地域がチームを組み避難所の支援を行った。学校・地域の絆の大切さを実感した。子どもたちが地域の人々に感謝を伝えるため『復興より福興』とランドセルに書いて登校する姿に、生きる希望や勇気をもらった。子どもたちの喜び感動の笑顔に今日も頑張ろうとエネルギーをもらっている。子どもから学ぶことは恥ずかしいことではない。

講演後のアンケート

小学生・児童

  • 被災した人たちが今、自分たちにできることは何かを考えて行動していたところにとても感動した。改めて『絆』の大切さを感じた。
  • あらためて、震災が起きたことの爪痕の大きさ、復興に向かって頑張っている子どもたちの姿をみて、絶対に風化させてはいけないと思いました。

中学校・生徒

  • 「今のあたりまえ」は、「今のきせき」と考え直さないといけないと思いました。
  • 同じ中学生と思えない程、素晴らしい発表だと思いました。歌をきいているとき、目に涙がたまりました。本当に感動しました。

保護者

  • 感じたら動け、生かされている者の使命…心に残りました。
  • 中学生が復興の担い手になっていることにとても感動しました。
  • 親子で参加しましたが、復興について考えるよい機会になりました。「あたり前ではない」日々の生活をそう思い感謝する事、何ができるのか、また、家に帰って子どもと話し合って、実行していかなければと強く感じました。

被災地を訪れて

福岡市PTA協議会 理事国内研修

平成25年11月9・10日

昨年の役員視察に引き続き、より多くの目で東日本大震災の復興現場を視察することにより、震災を風化させない、そして防災意識・地域とPTAの連携の大切さを学ぶため、役員・理事19名で宮城県の被災地を視察してきました。

他の空港と何も変わらない雰囲気の仙台空港に降り立つと、そこに被災空港の様子はなく、少し安堵しました。しかし、仙台市P協 内田会長に案内頂き、最初に名取市閖上地区を訪れその風景を見て言葉を失いました。震災から2年半が経ち、当時のニュース等で目にした悲惨な風景や、大量のがれきなどは取り除かれており、遠目には広い原っぱのような一見するとのどかな風景にも見えましたが、車を降り目にする範囲全てに、上屋を流され取り残された家の基礎部分がそのままに並んでいました。

現在も基礎だけが並ぶ町並み

報道で当時の状況は知っていたつもりでしたが、改めて津波の大きさ、そして、被害の範囲の広大さに気づきました。

次に、仙台市立荒浜小学校の校舎を訪れ、当時避難の指示に当たられた川村校長にお話を伺いました。当日は大変な状況であったが、避難訓練等を事前に実施していたこともあり、何とか被害を最小限に抑えられた話や、平時の想像を超えた災害に直面した時のご苦労などを聞かせていただきました。
小学校の校舎に立ち入ることができたのですが、屋上から眺める荒浜校区は、やはり閖上地区と同様、見渡すばかりの草の生えた空き地の状況です。街を復興させたくても、津波対策の堤防設置や土地の嵩上げがなされない限り、故郷に戻ってくることもかなわない状況のようです。

荒浜小学校 校舎内部

2年半の時が過ぎてもまだ前に進めない方々が多くおられることを再認識し、少しでも早い復旧そして復興を願わずにはいられない視察となりました。

かさ上げ道路予定断面